インド世界遺産

アジャンター石窟群

  ☆世界遺産登録基準について☆

*1983年に文化遺産(1),(2),(3),(6)として登録されました。

(1)人類の創造的才能を表現する傑作。

(2)ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

(3)現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。

(6)顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの

  ☆アジャンター石窟群の歴史について☆

アジャンター石窟寺院は、1815年、イギリス人士官ジョン・スミスによって発見されていますが、大小30の石窟で構成される古代の仏教石窟寺院群のことをいいます。イギリス人士官ジョン・スミスは、ハイダラーバード藩王国の藩王に招かれて虎狩りをしていたときに、虎に襲われてワゴーラー渓谷に逃げ込んだとき発見したのですが、このとき、アジャンター石窟寺院は、コウモリのすみかになるほど、人に知られることもなく荒廃していたようです。発見したジョン・スミスは、石窟のうち第10窟に自分の名前を記しているとのことです。

アジャンター石窟寺院は、仏教窟です。石窟の種類は2種類あります。

「ヴィハーラ窟」は、平地に木造か煉瓦で建てられていたを石窟で作ったもので、「チャイティヤ窟」と呼ばれる、お釈迦様を象徴する「聖なるもの」(チャイティヤ)として仏塔などが置かれたものがあります。アジャンターでは、それぞれの石窟に番号がつけられていて、9,10,19,26,29窟の5つが「チャイティヤ窟」で残りはすべて「ヴィハーラ窟」となっています。

石窟は、作られた時代で、前期(第1期)と後期(第2期)に分けられています。

前期は紀元前1世紀から紀元後2世紀のサータヴァーハナ朝時代です。「ヴィハーラ窟」としては第12窟、第13窟、第15A窟で、「チャイティヤ窟」では第9窟、第10窟が出来ています。比丘たちの生活や修行のための石窟であったため、装飾が少なく小型で簡素な造りになったのでは、と言われています。

後期は、5世紀後半から6世紀頃で、「ヴィハーラ窟」は、奥壁中央に仏殿が設けられて、本尊として仏陀座像が脇に菩薩を従えて安置されており、仏殿としての印象が強くなっています。

  ☆アジャンター石窟群のお奨めポイント☆

アジャンター石窟寺院の美術的価値が高いといわれているのは、後期窟に集中しているようです。第1,2,16,17窟に見られるように、入口柱や天井にミトゥナ像や飛天、蓮華や鳥獣の画像が描かれたり、レリーフとして刻まれているので、5,6世紀の時代の様子を具間見ることができるのではないのでしょうか。

仏教発祥の地としても有名なインドですが、 第1窟には、ブッダの前生(ぜんじょう)の姿であるマハーシャーナカ王子が世俗の快楽や妃を捨て、城を去っていく様が描かれています。このように、石窟の回廊や天井には、仏教に係わる物語が多く描かれていますので、興味のある方にはたまらないものでしょう。


(Wikipediaより参照)